アーカイブ

爆発する反発力は、単純な暴力となってしまう

「個性化教育」と称して間違いを犯しているのは、必要な情報を与えることなしに、子供たちに大人の真似事をさせようとすることです。たとえば、小学三、四年生ぐらいの子供に議会の真似事をさせる社会科の授業がありますが、世の中の動きや常識を何も知らない子供がそんなことをしても、まともな議論になるはずはありません。必要な材料をもっていない人間どうしが議論をしようと思っても、話は低次元のところで空回りするだけでしょう。それは、動物的な嫉妬集団をつくることになるのではないかとさえ思うのです。私には、それが正しい教育の形とは思えません。そんな時間があったら、教師が社会の動きをわかりやすくかみ砕いて説明すべきです。学ばせて、自分のなかで消化することによって、子供たちは常識や判断力を身につけていきます。十分な情報をインプットし終えたとき、子供たちの個性は満を持してあふれ出します。しっかりとした自分の考えをもち、自分らしい行動をとるようになります。むしろ、大きな反発力というのは、規律や抑制、画一のなかから生まれるものです。十分に常識をわきまえ、周囲の人たちへの理解をもったうえでの反論ならば、決して悪いものではありません。暴力的な反発とは違います。これに対して、十分なインプットがないまま爆発する反発力は、単純な暴力となってしまいます。